「LearnWiz One」事業化の最初のエンジンになりました
アクター紹介
吉田 塁 (よしだ るい) ※写真左
東京大学 大学院工学系研究科 附属国際工学教育推進機構 工学教育部門 副部門長・准教授
東京大学 大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻(兼担)
株式会社 LearnWiz 取締役・共同創業者
中條 麟太郎 (ちゅうじょう りんたろう)※写真右
東京大学大学院学際情報学府修士課程在籍中.(株) LearnWiz 共同創業者・代表取締役 CEO.
コミュニケー ションを円滑にするメディアデザインの研究と社会実 装に取り組む.東京大学総長大賞などを受賞
EdTechサービス「LearnWiz One」について
現在私たちが開発・運用している「LearnWiz One」は、東京大学大学院工学系研究科吉田塁研究室における教育工学の研究に基づいて開発されたEdTechサービスです。このサービスを活用することで、授業やイベントにおいて参加者の主体性を引き出し、能動的な意見交換を促すことができます。参加者は、簡単に自分の意見を投稿するために、講師から提示されたURLにアクセスするだけで良いばかりでなく、独自のアルゴリズムによって個別に配信された「他者の投稿」を閲覧し、コメントやピアレビューを行うことができます。さらに、これらのデータをもとに計算される「人気度」を利用して、多くの参加者にとって参考になる意見だけを閲覧することも可能です(図 -1)。
図-1 LearnWiz Oneにおける意見交換の流れ
これは、Zoomのチャット機能やSlidoなどの従来の意見交換ツールに存在した、「自分の意見を投稿することはできても、皆が投稿した意見は次々に流れていってしまい、ほかの人の意見を見ることも参考になる意見を拾い上げることも難しい」という課題を克服しただけでなく、投稿と意見交換のハードルをなるべく下げるUX(User Experience :ユーザ体験)の設計により、参加者が能動的に意見交換に参加しやすい環境を作ることに成功し、大学や中学校・高等学校を中心に、累計10万人以上(2023年4月現在)の方に利用されるまでになりました。なお、2021年8月から吉田研究室において開発を始めた「LearnWiz One」ですが、翌年2022年3月には事業化を目的として「株式会社LearnWiz」を設立して開発・運用を移管しました。また、プロジェクトの進行にあたっては、「文部科学省Scheem-D」や「東大IPC1stRound」、「IPA未踏アドバンスト事業」など、官民学を横断してさまざまな支援をいただいてきました。
参考URL
https://learnwiz.one/
https://www.youtube.com/@luiyoshida-lab
LearnWiz One開発の経緯
教員と学生、分野も違えば学部も違う、そんな我々が協働するきっかけとなったのは、コロナ禍を背景とした東京大学での授業オンライン化支援に、吉田が教員として、中條が学生として関わったことでした。その後、業務が落ち着いた2021年5月頃に「これまで対面で行われてきた講義をなんとかオンラインで代替する、0を1にすることに力を注いできたけれども、もっと良いオンライン授業を作り上げるために何かできないか」という雑談をしたことを契機に、協働が始まりました。
吉田は、コロナ禍以前から「オンラインで大規模なアクティブラーニングの実現」というテーマで研究を進めてきました。さらに中條も、オンライン授業を学生として受けながら、先生の話をただ一方的に聞くだけの受動的な学びの時間が多いと感じていました。議論の中で、テキストチャットをベースとして、自由記述で投稿された意見をアルゴリズムによって集約・配分することで、グループワークをしなくても活発な議論の場をオンラインに創出し、能動的に学習に参画しやすい学習環境を作ることができるという、LearnWiz Oneの原型となるアイデアが生まれました。
それからは、吉田がアルゴリズムのアイデアを出して、中條が画面のイメージスケッチを書いて(図-2)、とディスカッションをしながらシステムの構想が広がっていき、その3日後には実際に動くプロトタイプ(簡易的に作成した試作アプリ)の開発が完了し、実際にプロトタイプを導入したワークショップを実施することになりました。
その後は毎週のようにワークショップを実施し、アンケートをもとにプロトタイプを改善し、翌週のワークショップに臨むという、数カ月にわたるラピッドプロトタイピング的なシステム開発を続けました。この繰り返しは、教育工学の研究から生まれたアイデアを、多くの人が使いやすい事業化できるサービスへと成長させる上で、必要不可欠なものだと感じています。また、初めは私たちが実施するワークショップだけで利用できるシステムでしたが、システムの改善を繰り返す中で、より多くの人に使ってもらってフィードバックを受けることも重要であると考え、一般公開に向けたベータ版の開発も並行して進めることとなりました。この取り組みが後のサービスの事業化につながることになりました。
図-2最初に作成した LearnWiz One のイメージスケッチ
スキームDの採択、「Global EdTech Startup Awards」にて部門優勝
サービスの事業化に向けた最初のエンジンとなったのは、文部科学省が主催し、スタートアップ支援を進めるCIC Tokyoが事務局を担う「文部科学省Scheem-D」プロジェクトでした。Scheem-Dには、LearnWiz Oneのアイディアが生まれる以前に、「オンラインにおける大規模なアクティブラーニングの実現」というコンセプトの段階で応募していましたが、オフィスやプレゼンテーションの機会、専門家からのメンタリングなど、事業化に必要なリソースを惜しみなく提供いただきました。Scheem-Dプロジェクトの支援なくては、LearnWiz Oneの事業化を進めることはできなかったと確信しています。
図-3ピッチ登壇時の様子(2021年10⽉27⽇)
特に契機となったのは、Scheem-Dからの紹介を受けて参加した、世界最大のEdTechコンペティション「Global EdTech Startup Awards」でした。研究開発部門に参加して、日本予選で第1位を獲得。その後、オンラインで実施された世界大会にも進み、世界から集まった189のプロジェクトの中で優勝することができました(図-4)。この成果は、中條の東京大学総長大賞受賞をはじめとして、さまざまな評価をいただくきっかけにもなりました。
図-4 GESAward世界大会の様子
その後も、2022年1月には東京大学が出資するベンチャーキャピタルである東大IPCが主催する、国内最大の大学横断型インキュベーションプログラム「1stRound」の採択を受け、活動資金やメンタリング、実証実験の機会を提供いただきました。また、2022年7月には、経済産業省が所管する「IPA未踏アドバンスト事業」にも採択をいただいて、同様に活動資金やメンタリングの機会を提供いただきました。このような背景のもとで、2022年3月に「株式会社LearnWiz」を登記し、本格的に事業化に向けた取り組みを進めることとなりました。新たに東京大学の学生もエンジニアとして加わり、メンバーも増え、2022年10月にはシステムの抜本的な再設計を行った正式版のリリース、2023年2月には有料版のリリースを行いました。官民学を横断したさまざまな方々の多大なるサポートをいただきながら、持続可能な形で多くの方々にサービスを提供できるように、現在も事業化への挑戦は続いています。
今後の展望
開発当初は、先述したような大学のオンライン授業での活用が多かったものの、1人1台端末を実現した「GIGAスクール構想」を背景として、現在では中学校や高校における対面の授業での活用事例も多く見られるようになっています。例えば、生徒が主体となるインタラクティブな歴史の授業に活用いただいている事例や、国語の授業での意見共有に使っていただいている事例などを伺いました。さらに、企業内の研修やセミナーなど、学校以外の意見交換や意見集約が必要な場面で活用いただける可能性についても、現在検討を進めています。
Scheem-Dをはじめとした皆さまからいただいた支援と、そこから得られた知見を生かしながら、今後もより良い教育の実現、ひいてはより良い社会の実現に寄与できるように邁進していく所存です。